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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)5159号 判決

原告

北尻得五郎

原告

赤木宗成

右両名訴訟代理人

松本昌行

池上健治

川崎裕子

吉川実

原告

阪本政敬

右原告阪本訴訟代理人

細川俊彦

被告

川井信明

被告

大林さえ

被告

大林昌子

被告

古林富佐子

右被告ら四名訴訟代理人

小川剛

主文

一  被告川井信明は、原告らに対し、それぞれ金一〇万円及びこれに対する昭和五六年八月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告川井信明に対するその余の請求並びに被告大林さえ、同大林昌子、同古林富佐子に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告川井信明との間に生じたものはこれを七分し、その五を原告、その余を被告川井信明の負担とし、原告らと被告大林さえ、同大林昌子、同古林富佐子との間に生じたものは原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告北尻、同阪本、被告川井は、それぞれ大阪弁護士会所属の弁護士であり、原告赤木は株式会社銀装(以下「銀装」という)の代表取締役社長である。

2  (被告らの名誉毀損行為 第一訴訟)

(一) 銀装を原告とし、被告大林さえ、同大林昌子、同古林富佐子(以下上記被告三名を「被告さえ外二名」という)を被告とする大阪地方裁判所堺支部昭和五三年(ワ)第二〇五号仮登記に基づく所有権移転登記手続等請求事件(以下「第一訴訟」という)において、原告北尻、同阪本両名は銀装の訴訟代理人として、被告川井は被告さえ外二名の訴訟代理人として、それぞれ右訴訟を追行していた。

(二) 昭和五六年六月二二日午前一〇時、第一訴訟の口頭弁論期日において、被告さえ外二名及び同代理人被告川井は、別紙第一の同年同月一九日付準備書面を陳述することによつて、次の主張をなした。

(1) 「原告代表者(=原告赤木)……並びに弁護士阪本政敬及び北尻得五郎は、昭和五二年一月頃本件土地をその所有者である被告等(=被告さえ外二名)から横領することを企て、その実行を共謀した。右共謀者等は、同年二月及び三月頃二回にわたり共謀者の一人である右訴外山川幹夫を被告等のもとに派遣して、被告等の主張及び手持ち証拠等(いわば敵情)をつぶさに調査した上、本件土地について速やかに所有権移転登記手続に応じてもらいたいとの被告等の請求を無視して、本件土地にかかる昭和五二年五月一〇日付売買予約契約を締結し、これに基づく本件仮登記を行なつて本件土地に対する横領行為を開始した。」

(2) 「山川幹夫以下五名が、右横領行為の正犯であることはいうまでもない。しかし、原告代表者、並びに前記弁護士両名も又共謀共同正犯理論により、右横領行為の正犯である。もし仮りに正犯でないとしても、同人等は教唆犯兼幇助犯であり、その犯情はむしろ山川幹夫以下五名よりも遥かに悪辣である。」

(3) 「山川幹夫以下五名は売買代金を取得できず(すなわち原告とその弁護士の甘言に躍らされて犯罪的訴訟の当事者及び証人にならされただけの徒労に終り)、原告のみが隣地に住む被告等から強引に本件土地を奪取するという結果になるであろう。」

(三) 昭和五六年七月一五日午前一〇時、第一訴訟の口頭弁論期日において、被告さえ外二名及び同代理人被告川井は、別紙第二の同日付準備書面を提出、陳述することによつて次の主張をなした。

(1) 「原告等の本訴請求は、民法一七七条及び訴訟制度を悪用して本件土地に対する被告等の所有権を横領行為により奪取しようとする原告代表者、その取巻き連中、及び原告代理人等(いずれも横領行為の共謀共同正犯者又は教唆犯者もしくは従犯者に該当する)の悪質な試みに外ならず……。」

3  (被告らの名誉毀損行為 第二訴訟)

(一) 被告さえ外二名を原告とし、訴外松本妙子、同小竹信子、同清水敬子、同山川幹夫、同前田孝子(以下上記訴外五名を「訴外松本外四名」という)を被告とする大阪地方裁判所昭和五三年(ワ)第二一五五号真正なる登記名義の回復請求事件(以下「第二訴訟」という)において被告川井は被告さえ外二名の訴訟代理人として、原告阪本は松本外四名の訴訟代理人として、それぞれ右訴訟を追行していた。

(二) 昭和五六年七月七日午前一〇時、第二訴訟の口頭弁論期日において被告さえ外二名及び同代理人被告川井は、

(1) 別紙第三の同日付準備書面を提出、陳述することによつて次の主張をなした。

(ア) 「阪本弁護士が、末尾に写しを添付する関連事件の準備書面で原告等(=被告さえ外二名)が主張している趣旨での本件土地にかかる横領行為の共謀共同正犯者又は教唆犯者であり、……」

(イ) 「原告等三名(=被告さえ外二名)と被告等(=訴外松本外四名)、訴外銀装、及び弁護士阪本政敬氏等の間の刑事事件がらみの本件紛争の実態。」

(2) 同日付準備書面に第一訴訟の前記昭和五六年六月一九日付準備書面を添付して大阪地方裁判所第二四民事部に提出し、右請求原因2の(二)(1)(2)(3)の各主張を援用主張した。

4  (被告らの責任)

(一) 被告さえ外二名は、弁護士である被告川井に対して、何らの証拠、根拠なくして原告らが係争土地の横領行為を企画、実行した旨説明し、第一訴訟及び第二訴訟でその旨主張することを依頼した。

(二) 被告川井は、弁護士として訴訟活動をするに際し、依頼者が往々にして真実を歪曲して弁護士に事情を説明することがあるから、法律専門家としては、依頼者の説明が証拠の裏付けを伴うものか慎重に検討し、殊に裁判手続で主張しようとする内容が、他人の名誉を侵害することになるときは、かかる主張が真実に合致するものであるか否かを客観的証拠と照らしあわせて吟味し、もし依頼者の主張が十分な証拠の裏付けのないときは他人の名誉を侵害することになりかねない主張を差し控える法的義務を負つている。

しかるに、被告川井は、この義務に違背し漫然と依頼者である被告大林ら三名の説明を信じたばかりでなく、さらには民事訴訟の代理人として受任した事件を有利に導くことを狙つて依頼者の説明を潤色・誇張して、前記の各主張をなした。

5  (損害)

(一) 被告ら四名の前記各行為は、事実無恨の誹謗・中傷であつて、弁護士あるいはカステラの製造元である老舗「銀装」の代表取締役という重要な社会的地位にある原告ら三名の名誉毀損を著しく傷つけ、かつ、これら準備書面を当該担当裁判官が閲読し、当該口頭弁論において被告川井がこれらを陳述してその内容を公けにすることによつて、原告らの社会的評価をも毀損したものである。

この原告らが蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、それぞれ金三〇万円が相当である。

(二) また本件訴訟提起のため、原告ら三名はそれぞれ頭記の訴訟代理人を選任したが、その訴訟追行のための着手金、報酬の合計としては、それぞれ金五万円が相当である。

6  よつて、原告らは被告らに対し不法行為による損害賠償請求権に基づきおのおの各自金三五万円およびこれに対する本件不法行為の後で、かつ本件訴状送達の日である昭和五六年八月一一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下、省略〉

理由

第一被告川井の不法行為責任

一請求原因1、2、3の各事実についてはすべて当事者間に争いがない。

二そこで、まず、第一及び第二訴訟の経緯について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  第一訴訟について

第一訴訟は、銀装を原告(以下「第一原告」という)、被告さえ他二名を被告(以下「第一被告」という)として、第一原告が第一被告に対し、本件土地につき銀装の売買予約による大阪法務局堺支局昭和五二年七月一二日受付第五九五七号所有権移転請求権仮登記に基づき、昭和五二年三月七日予約完結を原因とする所有権移転登記手続をすることを承諾すること及び本件土地の明渡を求めて提起された訴訟であり、第一原告は、原告阪本、同北尻他一名を、第一被告は被告川井をそれぞれ訴訟代理人に選任したこと、そして第一被告は答弁書及び昭和五三年六月二二日付準備書面において、第一被告の被相続人亡大林赳が昭和二八年二月九日に代金二万七九〇円にて本件土地を買受け、昭和三一年八月九日大林赳の死亡により共同相続人である被告さえ他二名が本件土地の所有権を取得したこと、仮に右売買に疑問の余地があるとしても、大林赳は昭和二六年二月九日売買代金支払と共に、本件土地に対し平穏かつ公然に自主占有を開始し、この占有を第一被告が相続により承継することによつて昭和四六年二月九日の経過をもつて本件土地に対する所有権の取得時効が完成し、第一被告が本件土地所有権者となつたこと、第一原告は、背信的悪意者で第一被告の登記の欠缺を主張する正当の利益を有しないこと、その根拠として、銀装の代表者赤木がその先代と共に昭和二七年以降本件土地の隣接地に居住していた上、本件土地の周囲の土地を順次購入していつたのであるから、本体土地の占有状況を十分知つていたこと、本件土地上に大林赳が生垣や木塀をめぐらして本件土地を囲い、その所有及び占有を明示していたこと、昭和五二年二月及び三月中に本件土地共有名義人の一人であり、本件土地の銀装への売渡人の一人である山川幹夫が、第一被告方を訪ずれ、本件土地を第一被告が占有使用している事情、根拠を尋ねたので、第一被告らは、大林赳が山川幹夫の先代山川新ら元本件土地所有者から本件土地を買受けたことやその際の事情あるいは所有権移転登記が未了のままである事情等を説明した上、本件土地購入代金の領収書、本件土地測量図等を山川に直接示したこと、その約二ケ月後に、原告阪本、同北尻ら弁護士の関与の下で、山川幹夫ら登記名義人から銀装への売買予約が締結されたことをあげた上、結論として、第一原告は、本件土地が既に売買され、第一被告の所有であることを十分承知しながら、弁護士の助言の下に、たまたま第一被告に登記名義が移転していないことを奇貨として、本件土地を侵奪する目的で訴訟を起したことは明白であり、このような訴訟は信義則に反し許されない等の主張反論をなしたこと、第一原告は、これに対し、昭和五三年七月一二日付原告第一準備書面において、山川新らと大林赳間の売買契約の存在自体を争い、さらに背信的悪意者、時効取得の成立についても否認する主張をなしたこと、第一被告は昭和五三年八月二二日付準備書面(二)で、登記簿備付の図面及び被告らが所有していた図面の証拠説明をなし、被告主張を補強したこと、これに対し第一原告は、昭和五六年三月二四日付第一準備書面において、山川新らが大林赳に本件土地を売却した事実がない根拠として、第一被告が売買の成立を裏づける証拠として主張する領収書の金額が不当に低いこと、売買があつたとされた時に本件土地は共有であつたのに、右領収書の名義が山川新単独であることからすると、右領収書は売買の目的以外に発行されたと考えられること、右領収書に売買の対象とはなりえないはずの地上物件の記載があり不自然であること、売買があつたとすれば、登記の移転がなされるべきはずなのに未だなされていないことが不合理であること等を主張し、さらに、時効の点についても、他主占有であるから時効が成立しない旨の反論を主張したこと、この間、第一訴訟の和解期日があり、被告川井弁護士及び古林の前で、第一訴訟担当裁判官から、第一被告側の背信的悪意者の主張・立証が不十分である旨の指摘があつたこと、それを受けて第一被告側は、そのころ、古林が山川幹夫から「第一、第二訴訟は銀装でやり、山川幹夫には経済的な面で迷惑をかけないと原告らがいつた」ということを聞いたこともあつて、昭和五六年六月一〇日付準備書面において、従前の主張を繰返すと共に、第一原告の本訴請求は横領罪に該当すると断定主張するに至り、銀装代表者及び担当者等、山川幹夫以下五名、並びに弁護士阪本、同北尻らは共謀による横領行為の正犯であるとする趣旨の請求原因2(二)(1)から(4)記載の各主張をなしたこと(この点については当事者間で争いがない)、さらに第一被告は昭和五六年七月一五日付準備書面(四)において、領収証の信用性及び同証記載の売買代金の正当性について第一原告が提起した疑問を否定した上で、請求原因2(三)(1)記載の主張をなしたこと(この点については当事者間に争いがない)、これに対し原告阪本は、昭和五六年六月一〇日付の第一被告準備書面を受けとつたときに、法廷で被告川井に対し、この書面の記載はおかしいと注意を喚起したこと、さらに第一原告は、昭和五六年六月二二日付第二準備書面において売買契約及び取得時効の成立についての第一被告の主張に対する反論を行つた後、昭和五六年六月二二日付第三準備書面において、第一被告の「横領の共謀共同正犯」等の一連の主張は、証拠にもとづかない誹謗・中傷である旨抗議の主張をなしたこと。

(二)  第二訴訟について

第二訴訟は、被告さえ他二名を原告とし(以下「第二原告」という)山川幹夫他四名を被告として(以下「第二被告」という)、第二原告の被相続人大林赳が本件物件を元の所有者山川新及び山川チヨから買受け、それを第二原告が相続により取得したこと、又はそれが認められない場合には時効により第二原告が本件物件の所有権を取得したことを理由として、現登記名義人である第二被告に真正なる登記名義の回復を原因として所有権移転登記請求を求めて提起された訴訟であり、第二原告は被告川井を、第二被告は原告阪本他四名を訴訟代理人に選任したこと、第二被告は答弁書及び昭和五六年四月二三日付第一準備書面において本件物件につき売買はなく、また時効も成立していないとして争う旨主張したこと、さらに第二被告は、昭和五六年四月二三日付第二準備書面において第一訴訟におけると同様に、第二原告の主張する売買の証拠である領収書が、発行名義人、取引対象、価額の三点についての疑問があることから、本件物件の売買の領収書とは認められず、また、いままで本件物件の登記の移転が第二原告あるいはその被相続人になされていなかつたことも、本件物件の売買がなかつたことを裏づけ、従つて第二原告の占有も自主占有とはなりえず、時効は成立しないこと、仮に売買又は時効完成が認められるとしても、第二被告は本件物件を銀装に売却し、銀装は登記を了しているので、第二原告は自己の所有権取得を銀装に対抗できない旨の主張をなし反論したこと、これに対し、第二原告は昭和五六年五月一二日付準備書面(二)において、領収書の名義人、取引対象、価額の点について指摘された第二被告の疑問は何ら問題とならないこと、第二原告及びその被相続人の本件物件の占有は自主占有であること、本件物件の第二被告から銀装への売却は弁護士がらみの悪質な二重売買であり公序良俗に反し無効であること、また第二被告が、本件物件を銀装に売渡したことを理由に第二原告の請求を拒むことは信義則に反し許されないこと等を主張したこと、さらに第二原告は昭和五六年七月七日付準備書面(三)において、銀装への本件物件の売却を理由として第二被告が移転登記手続を拒むのは主張自体失当である旨主張した後で、阪本弁護士が、本件土地にかかる横領行為の共謀共同正犯者又は教唆者であると主張し、「……訴外株式会社銀装、及び弁護士阪本政敬氏の間の刑事事件がらみの本件紛争の実態は、右準備書面にほぼ要約されていると考える。」として第一訴訟の前記昭和五六年六月一九日付第一被告準備書面を添付、引用して、請求原因3(二)記載の主張をなしたこと(この点については当事者間に争いはない)、第二被告はこれに対し、昭和五六年八月四日付第三準備書面において、第一訴訟の昭和五六年七月一六日付第一原告準備書面を添付引用して、第二原告の主張は、原告北尻、同阪本、同赤木らの名誉を毀損する事実無根の主張である旨抗議したこと、

以上の事実が認定でき、これに反する証拠はない。

三ところで、弁論主義・当事者主義を基調とする民事訴訟法の下では、訴訟手続において当事者が忌憚なく主張をつくしてこそその目的を達し得るものであり、民事訴訟における主張行為は、一般の言論活動以上に強く保護されなければならず、特に民事訴訟が私人間の紛争解決の場で、利害関係や個人的感情が鋭く対立し、しばしばその主張がエスカレートする民事訴訟の実状をも併せ考えれば、法廷における主張が客観的には他人の名誉を毀損している場合といえども、通常、訴訟当事者の適切な弁論活動は、当該訴訟における裁判所の訴訟指揮により担保されることに鑑みれば、それが民事訴訟における弁論活動としてなされている限り、かなり広い範囲で正当な弁論活動として違法性を阻却されると解される。しかし強く保護をうける弁論活動といえども自ずから内在的制約があることはいうまでもないことであり、当初から相手方当事者の名誉を害する意図で、ことさら虚偽の事実や当該事件と何ら関連性のない事実を主張する場合や、あるいはそのような意図がなくとも、主張の表現内容・方法、主張の態様等が著しく適切さを欠く非常識なもので、相手の名誉を著しく害する場合等その内在的制約を超え、社会的に許容される範囲を逸脱したことが明らかな弁論活動は、もはや違法性を阻却されず、不法行為責任を免れないと解される。

四これを本件についてみるに、第一訴訟においては、争点の一つが本件物件が二重売買されたと認定された場合の第二買受人銀装の背信的悪意者の成否ないし山川から銀装への第二売買の公序良俗違反の成否であり、この主張・立証のため第二売買のなされた事情・背景を具体的に明らかにする必要があるという点で、請求原因2記載の各主張は第一訴訟の争点との関連性が認められ、またその主張の目的も、担当裁判官に背信的悪意者の主張・立証が弱いとの指摘を受けてこれを補う意図でなされたことが認められる。また第二訴訟における請求原因3記載の主張については、第二訴訟の争点が山川らから大林への第一売買の有無であり、山川から銀装への第二売買は直接の争点ではないので、争点との関連性は直接はないものの、第二被告がこの第二売買についても準備書面において言及、主張してきたのであるから、これに対して応答、反論し、第二売買についての第二原告の主張をせざるをえない訴訟状況になつていたという点で当該事件との関連性は一応は肯首でき、その目的も第二訴訟遂行のためであることが推認できる。

しかし、これら請求原因2、3記載の主張(以下「本件主張」という)の表現内容・方法を顧みるに、もともと、二重売買における背信的悪意者あるいは公序良俗違反の主張といえども、他の主張と同様、具体的事実を摘示して主張すれば足りるのであるが、事柄の性質上、ある程度相手方の名誉感情等を害する事実が指摘表現されることはやむを得ないといえようが、刑事裁判により当該事実との関係で有罪判決を受けている場合ならともかくとして、これを超えて、相手方を違法行為による犯罪者とまで断定して主張しなければその目的を達し得ないというものでもないことは自明のことであるところ、被告川井の本件主張の表現内容、方法は、背信的悪意者性あるいは公序良俗違反性を基礎づける具体的事実の主張ではなく、原告らが横領罪という刑事犯罪者であると断定強調するといつた著しく適切さを欠くものであり、ことに、原告らは、山川幹夫らの先代との間の本件土地売買の存在を争い、同山川らと銀装との本件土地売買が横領の犯罪行為を構成しない旨自らの根拠をひれきして反論しており、しかも、証拠上、原告らが横領行為の犯罪者であること一見明白とはいえない本件において、相手方訴訟代理人たる弁護士が訴訟当事者と共謀し横領の目的で二重譲渡をなし、もつて犯罪行為を犯したと断定することは、被告川井が法律専門家たる弁護士であることを考慮すると、二重譲渡当事者の背信的悪意者性あるいは公序良俗違反性の背景事実の主張としても慎重さを欠いた極めて不適当な表現といわざるを得ない。しかもその主張の態様は第一訴訟の和解手続中に、担当裁判官から背信的悪意者性の主張立証の薄弱さを指摘されるや、突如として本件主張をなし、第一、第二訴訟を通し、原告らの抗議にもかかわらず数回にわたつて執拗に繰返しなされており、非常識なものといわざるを得ない。そして、前認定のような第一及び第二訴訟の経過の中で、反社会的な犯罪者であると断定された原告らの主観的な名誉感情の侵害の程度が著しいことをも併せ考えると、被告川井のこれら一連の本件主張行為は、もはや法廷における弁論活動としての内在的制約を超え社会的に許される限度を逸脱した違法な行為であり、その違法性を阻却しないといわざるをえない。

一方、被告川井は、法律専門家たる弁護士なのであるから、第一及び第二訴訟の経緯からみて、本件主張が、右のように著しく不適切であり、かつ原告らの名誉を著しく毀損した違法な行為であることは容易に認識し得たということができ、これらからすると、被告川井には、少くとも本件主張をするにあたり、重大な過失があつたものというべく、従つて、被告は前記違法行為による責任を免れることはできない。〈以下、省略〉

(田畑豊 三輪佳久 生野考司)

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